2010年03月18日

<首都直下地震>復興対策で報告書案 国民負担周知も提案(毎日新聞)

 国の「首都直下地震の復興対策のあり方に関する検討会」(座長、沢井安勇・日本防炎協会理事長)は17日、報告書案をまとめた。地震から約10年で復興をおおむね完了させるため、住宅再建や市街地再開発などの手順を記載。復興には多額の財源が必要になると指摘し、地震発生後に特別な国民負担を強いる可能性があることを事前に周知する必要性も提案した。

 報告書案は、95年の阪神大震災からの復興を参考に作成。国が中心となって、首都機能や経済活動の復旧を迅速に進めることなどを復興の重点課題に挙げた。その前提として、建物の耐震化や企業のBCP(事業継続計画)作成など事前対策の重要性も訴えた。

 国の被害想定では、東京湾北部でマグニチュード7・3の大地震が発生した場合、死者が約1万1000人、建物の全壊・焼失が約85万棟に上り、経済的被害は約112兆円に達するとされている。このため報告書案は、これまでの震災とは比較にならない多額の復興資金が必要になると指摘した上で、被災後に国民負担を提案することは国民感情などを考えると不適切だとして、事前に周知する案を示した。

 報告書案はまた、首都地域は地域のつながりが希薄で、高齢者ら要援護者の孤立や孤独死を防ぐために行政や自治会、非営利組織(NPO)の連携が必要と指摘。「震災により障害を負った被災者(震災障害者)への支援も必要だ」と明記した。

 報告書は月内に完成予定で、首都圏の自治体などに配布される。【福永方人、川口裕之】

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2010年03月16日

禁輸回避、採決直前まで努力=クロマグロ問題で−赤松農水相(時事通信)

 赤松広隆農林水産相は12日の閣議後会見で、大西洋・地中海産クロマグロ(本マグロ)の国際取引禁止案を欧州連合(EU)が支持する方針を打ち出したことなどに関連し、「(禁止案を支持する国が)いろいろなところに影響力を発揮しているので、そうならないよう(日本として関係国に)改めて働き掛ける」と語った。
 カタール・ドーハで13日開幕するワシントン条約締約国会議が禁止案を可決するのを避けるため、採決直前まで外交努力を続ける姿勢を強調した発言だ。 

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2010年03月15日

82歳奔走 ハイチで34年前から慈善活動 女性医師「第二の故郷、復興尽力」(産経新聞)

 「どうか仲間を見捨てないで」。大地震に見舞われたハイチで34年前から結核患者の治療や植林指導の慈善活動を続ける日本人修道女の医師、須藤昭子さん(82)が、日本で被災者支援を呼びかけている。ハイチから一時帰国していた今年1月にハイチ大地震が発生。現地の仲間の安否も分からない中、須藤さんの母校・関西医大(大阪府守口市)が義援金を送るなど、支援の輪も広がり始めた。「残された人生はハイチの復興に力を尽くしたい」。須藤さんは今後の出国を目指し、病院や学校再建に思いをはせている。

 カトリック信者の須藤さんは兵庫県西宮市内の結核病院で勤務後、昭和51年にクリストロア宣教修道女会(本部・カナダ)の医師としてハイチに渡った。一時期はカナダに滞在したが、平成16年に再びハイチに戻り、地震直前まで首都ポルトープランスから西に約30キロ離れた小都市レオガンで暮らした。

 レオガンでは、80歳で引退するまで「国立シグノ結核療養所」で働いた。ハイチ人は結核の罹患(りかん)率が高く、療養所には連日200人以上の患者が詰めかけた。医療器具は当初、注射器1本だけで、入院病棟も一部は野ざらしだった。間もなく政府が新病棟の建設に着手したが、レントゲンなど医療設備の整備は他国の援助頼みだったという。

 須藤さんが滞在する間、貧困にあえぐハイチ国内はクーデターや国連による経済制裁などで混乱が続いた。町では政情が不安定になるたびに暴動や略奪が繰り返され、外国人は大挙して国外に逃れた。療養所の職員が使う政府の車も襲撃されたが、須藤さんは現地を離れようとしなかった。

 「私が去ったら患者の面倒を見る人がいなくなる。ハイチの人々を見捨てることはできませんでした」

 医師を引退後は、ハイチで仲間たちと環境保全団体を結成。植林活動や子供たちへの農業指導に力を入れ、農業学校設立の協議も進めた。昨年11月に日本に帰国する直前には正式に設立も決まったが、その2カ月後、死者20万人超ともいわれるハイチ大地震が起きた。

 須藤さんは今、同会の東京本部で生活し、出国に向けた準備を進めている。通信手段を持たないレオガンの仲間たちとは連絡が取れず、安否さえ分からない。だが、「日本にいる間にでもできることはある」と日本の政府関係者や医療関係者に支援を訴えている。

 そんな中、母校の関西医大では大学職員やOBらが約140万円の義援金を須藤さんに託すなど、善意は広がりつつある。義援金は現地の病院や学校再建に役立てるつもりだ。

 「ハイチは私の第二の故郷。一刻も早く国に帰り、患者や仲間たちと国の再建のために働きたい。そして、世界の人々には長い目で復興を見守ってもらい、力を貸し続けてもらいたい」

 須藤さんは、残りの人生をハイチにささげる決意を固めている。

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